後藤仁のスロー・クルージング
軍事関係図書(洋書中心。自腹で購入!)の書評と日々の雑感
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多彩な設計局?ヤコブレフのYak-24 その3
子供の喧嘩に親が出るというのは良く聞くことだが、先日TVのニュースを見ていたら市川海老蔵のオヤジ団十郎が出てきて、自分達の人権は軽く見られているのかと激怒していた。まあ歌舞伎というものの発生を考えると、そう偉いと自慢できるものではないのだが、それはそれ、やはり人権侵害はいけないことだ。

しかしそれまで海老蔵が好き勝手に、自分はまったく暴力を振るっておらず完璧な被害者だと言っていたことを考えると、そちらのほうが人権侵害じゃないのか。団十郎親父よ、他人を責めることよりも自分の餓鬼をまともにしつけてこなかったことの方が問題だと思うぞ。変な選民意識を持たせると、こんな発言につながるのだなと痛感した次第。

ここからは前回の続きで、先行生産機の生産を進める一方で設計局は1955年より改良型の開発に着手した。これは機体設計を改めて各部の構造強化を目的としたものだが、その詳細は明らかにはされていない。ただしキャビン内には兵員30名もしくは担架18床を収めることが可能となった。

またそれまで45度という大きな上半角が与えられていたフィンは、24度の下半角に改められ、翼端に矩形の垂直フィンが新設されたため、以前の生産機と容易に識別することができる。ただしこれまた生産数は明らかにはされておらず、少数が完成したとしかいえない。

後述する資料では明確な表現はないが、この生産型における構造強化ということはそれまで羽布張り外皮だった後部胴体を、前部胴体と同様に金属製外皮に改めたと考えるのが妥当であろう。

1957年末、設計局のレニングラード部門はYak-24のキャビン内収容人員の拡大を図った改良型Yak-24Uの開発をスタートした。なおこの接尾記号のUは、改良を示すものだが、ワイド化を示すという説もある。

この改良型は、機内容積の拡大を図って胴体幅を40cm拡大することで兵員収容数を37名に増加し、空挺対戦車車輌ASU-57の搭載も可能とした。また最大搭載量は4tに、吊り下げ重量も3.5tにそれぞれ増えている。

この他の変化としてはローター直径が再び21mに戻り、前部ローターは右に、後部ローターは左にそれぞれ2度30分傾けて、振動の軽減と揚力向上が図られた。さらに垂直フィンにトリムタブを設け、後部胴体の形状も抵抗減少を目的にリファインされたが写真が少ないため、詳細は不明だ。

さらに後部パイロンの形状も若干変化し、水平フィンの上半角は姿を消して字義通り水平となった。また後部脚もリファインされたというが写真では今ひとつわからない。機内装備ではAP-31自動操縦装置とAP-102M自動ダンパー装置が導入され、飛行中の安定性向上が図られた。

Yak-24Uの試作機は生産型Yak-24(製造番号27201304)から改造され、新たに0104の製造番号が与えられた。初飛行の期日は明らかにはされていないが、飛行試験の結果は良好だったようで1959年に既に生産されたYak-24に対して、AP-31自動操縦装置の装備が命じられている。

今回参考とした「OKB Yakovlev: A History Of The Design Bureau And Its Aircraft」にはYak-24Uの生産数は記されてはおらず写真も試作機のみなので、それ以上の段階に進まなかったことは十分考えられる。最近はともかく1950~60年代の機体に関しては、まだ不明な部分が残っているようだ。

本格的生産型Yak-24で、フィンの上半角が減り翼端に垂直フィンが新設されたので、識別は容易だ。
001b.jpg

4輪トラックGAZ-51をスリングして飛行するYak-24Uの試作機。水平になったフィンに注意されたい
001f.jpg
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コメント
コメント
便利そうなのに
今でも米軍ではCH-46/47がいまだ重用されていることから考えて、粘って熟成すれば…
なんでやめたんでしょうかね?
2011/03/05(土) 22:23:04 | URL | やまちゃん #mQop/nM. [ 編集 ]
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