後藤仁のスロー・クルージング
軍事関係図書(洋書中心。自腹で購入!)の書評と日々の雑感
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
5tハーフトラックの対空型Sdkfz.6/1 その2
神戸のカレー専門店アールティーに、激辛50倍というカレーを各種頼んでみた。どうせそんな辛くないよナと高をくくっていたのだが、例によって呑んだくれてタクシーで帰還しお馴染み「ちびくろちゃん」を電子レンジにセットしたまま寝てしまい、起きたのは午前2時過ぎという状況下で食することにあいなった。

そのせいかどうかはわからないが、確かに辛い!激辛というのは間違っていないなといいながら完食した。食べたのは「チキンとほうれん草のカレー」だが、結構大きめのチキンが入っていて安いレトルトカレーとは一線を画すると実感した次第。

今度食べるときにはジャガイモを茹でておき、これを追加することで辛さを抑えることにしよう。辛いことは辛いが唐辛子系(実際にはカイエンペッパーを大量に使っていると思うのだが)の辛さなのですぐすっきりするし、苺まみれ(これは痔の人ならわかるはず)にもならなかったゾ。

現在冷凍庫には10食以上冷凍カレーが収められており、加えて安価なレトルトカレーも30食以上用意しているので当分カレーには困らない。しかし何だな、まったくありがたい時代になったものよ。いずれにせよアールーティーのカレー、お勧めですゾ。

ここからは前回の続きで、Sdkfz.6/2はアメンドルフのゴットフル・リンドナー社の手で生産することが決まり、1939年に空軍向けとしてまず63輌が発注され、さらに135輌が追加発注された。空軍からの報告書によると1939年7月に最初の25輌が完成したが、8月14日の時点で残る38輌はビュッシンクNAGからシャシーが届かないために遅延をきたしているとある。

それでも8月末までには63輌全車が完成し、1940年1月から41年11月までに対空型向けとしてシャシー140輌が完成した。基本的には牽引型と同仕様のシャシーが用いられたが、機関砲の大重量への対処としてトーションバーが強化されていたのが相違点となっている。

同様に第二次発注分は同じく空軍の報告書において、1940年に最初の20輌が完成し、以後7月23輌、10月11輌、11月14輌、12月1輌、41年1月14輌、2月6輌、3月5輌、5月8輌、6月12輌、7月5輌の計111輌が完成したとしている。そして残る24輌は、9月から11月にかけて完成したという。

1939年中に完成した63輌は起倒式フレームに張られている金網が6角形パターンのものを用いていたが、第二次発注分の135輌は単純な角型パターンに改められており、同様に第一次発注分で装着されていた保護レールが廃止されたことも第二次発注分での変化である。

空軍はポーランド侵攻時の1939年9月1日付で23個の軽高射砲大隊(自動車化)を新編しており、1940年12月1日の時点で8個軽高射砲大隊(自動車化)にそれぞれ1個ずつの自走3.7cm高射砲中隊が配備され、これが6月1日の時点では15個高射砲大隊(自動車化)にそれぞれ自走3.7cm高射砲中隊が配されていた。

1943年9月1日の時点で第71、75、77、81、82、84、91、92、93、95、96、97、851各自走3.7cm高射砲中隊第I大隊にそれぞれ9輌ずつのSdkfz.6/1が配備されていた。またこれに先立つ1942年初頭には、陸軍として唯一グロスドイチェラント歩兵師団の高射砲大隊に9輌のSdkfz.6/1を備える自走3.7cm高射砲中隊2個が配備された。

規定では1940年11月1日付のK.St.N2401(L)で自走3.7cm高射砲中隊には9輌のSdkfz.6/1が配備することとされたが、1943年10月1日付のK.St.N2401(L)により、これが12輌のSdkfz.6/2配備に増強された。なお末尾の(L)は空軍を示しており、前述のようにグロスドイチェラントを除けば陸軍での装備例は存在しないがLSSAHでの装備例もあり、このあたりはまだ不明な点が残っている。

a_convert_20101130124927.jpg

取扱説明書への掲載を目的に撮影されたSdkfz.6/2第二次生産車。結局198輌という比較的少数生産に終わり、3.7cm高射機関砲搭載ハーフトラックの主力となったのはより大型でゆとりのある8tハーフトラックSdkfz.7/2であった
スポンサーサイト

テーマ:軍事と兵器 - ジャンル:趣味・実用

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。