後藤仁のスロー・クルージング
軍事関係図書(洋書中心。自腹で購入!)の書評と日々の雑感
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アメリカ海軍のミサイリアー構想から生まれたグラマンG-128(その2)
グラマン社がこのミサイリアー要求に応じて、ミサイル開発を進めていたベンデックス社とチームを組んで研究にあたり、最初に計画したのは当時開発を進めていた空中早期警戒機W2F(後にE-2Aと改称)をベースとするG-123Fで、1958年4月にはその基本案がまとめられた。

同社はこれに先立つ1956年11月からミサイリアーの概念研究をG-151の呼称で独自に着手しており、そこで進められた成果がこのG-123Fとなったのであろう。確かに双発で亜音速、サイド・バイ・サイドのコクピット配置と海軍からの要求に適合するものであったが、何か違うゾ。

とはグラマン社も当然ながら考えたようで、続いてこれまた当時開発が進められていたA2F-1(後にA-6Aとなる)を原型としエンジンを換装したG-128E、G-128F両案へと発展した。まあ当然だとナ、これは。G-128Eは1960年4月にまとめられたもので、その詳細は明らかにはされていないが同社製の模型を見る限りでは、エンジンをTF39ターボファンに換えこれに併せてエアインテイクから排気口までが大きく外に張り出した形状に変更された。さらに主翼を11.2mから13.6mに延長してそれぞれ3発ずつのイーグル・ミサイルを搭載している。

一方G-128F案はエンジンをJ52ターボジェットとしたもので、このため側面の張り出しはG-128E案よりも幾分小さくなっている。いずれもそれ以外はA2F-1に酷似しているが、機首のレドームはさらに大型化されて長距離捜索能力を備えるレーダー(これまた詳細は明らかにはされていない)が収容された。

もちろんグラマンを含めてすべての案は実ることなく終わり、ミサイリアー構想は頓挫した。しかしF-14とAIM-54ミサイルの組み合わせで、ミサイリアー構想は1970年代に復活し、先頃まで運用されていたことはよく知られている。

写真解説(写真を上下に配し、その間にネームを入れてください)
上はTF30エンジン装備のG-128E案、下はJ52装備のG-128F案で、インテイクから排気管へ続く胴体側面の張り出しが異なっているのがよくわかる。また主翼もかなり延長されている
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上はTF30エンジン装備のG-128E案、下はJ52装備のG-128F案で、インテイクから排気管へ続く胴体側面の張り出しが異なっているのがよくわかる。また主翼もかなり延長されている。
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